ベーシックインカムとは、政府がすべての国民に対して一定の現金を定期的に支給するという政策です。最近では、新型コロナウイルスの影響で、多くの国や地域で実験的に導入されたり、議論されたりしています。では、ベーシックインカムとはどのような制度なのでしょうか?どんなメリットやデメリットがあるのでしょうか?実現の可能性はあるのでしょうか?ここでは、ベーシックインカムについて詳しく解説します。
ベーシックインカムとは?
ベーシックインカムとは、英語表記のBasic Incomeのことで、基本所得や基礎所得と訳している場合もあります。ヨーロッパでは、市民所得(Citizen’s Income)とも言われる場合もあり、欧州を中心にユニバーサル・ベーシックインカム(Universal Basic Income)と表現されることも多いです。それぞれ、少しニュアンスの違いはありますが、内容的には同じものを指しています。
ベーシックインカムは、ひとりひとりがお金をもらえるというシンプルな社会制度です。そのシンプルさの中身をすこし詳しくみていきましょう。
- 定期的な現金給付:支給単位は、毎月という場合が多いですが、規則的・安定的に配当されます(現在想定されている金額は、月ひとりあたり8万~15万円程度)。コロナ禍で実施された10万円給付金のような一回限りというものではありません。また、クーポン券や商品券でもなく、あくまでも現金です。
- 個人単位:生活保護制度のような「世帯単位」ではありません。ひとりひとりが個別に支給されます。
- 無条件:生活保護制度にあるような「資産調査」(資力調査、ミーンズテスト)や働くことができるかどうか(ワークテスト)などの条件は必要ありません。福祉制度は、福祉給付を受けられるかどうかの選別的判断を行政がおこないますが、ベーシックインカムではそういうことはまったくなく、「どこでも・だれでも・いつでも」という普遍的な制度です。
ベーシックインカムが注目されている背景
ベーシックインカムが近年注目されてきたきっかけは、やはり、2008年のリーマン・ショックによる金融危機でしょう。リーマン・ショックは、日本においても、バブル崩壊以後の長期停滞傾向のある経済状況に決定的な追い打ちをかけたとも言えます。
1990年代以降の長期経済停滞期を経験する中で、非正規労働者が全体の4割を占めるようになり、働いても生活保護水準を下回る賃金しか得られないワーキングプアとかアンダークラスというような、超格差社会を端的に表現するような言葉が流行するようになりました。
ここには、グローバル化による世界的賃金降下圧力、AIなどのデジタルテクノロジーによる失業なども、複合的な要因として加わっています。
こうして、労働を通じて尊厳ある暮らしを成り立たせる賃金を得ることが難しくなってきたときに、「ここまでくると労働と所得を切り離してしまって、労働とは別の回路で所得を配当したほうがいいのではないか」「そのほうが市場も安定するし、貧困対策にもなり、社会正義としても合理的ではないか」ということで、注目され始めたのがベーシックインカムなのです。
ベーシックインカムのメリット
ベーシックインカムには、さまざまなメリットとデメリットがあります。ベーシックインカムを導入したほうが良いのかどうかを判断するには、メリットとデメリットを理解しなければなりません。ここではまず、ベーシックインカム導入のメリットについて見ていきましょう。
- 貧困・少子化対策:ベーシックインカム導入のメリットとして重要となるのが、貧困や少子化対策になる点です。ベーシックインカムでは、「すべての国民」に「無条件」で現金を支給します。例えば、ワーキングプアの方も、現在の仕事の収入とベーシックインカムの収入があれば、生活が苦しくなることはありません。このように、ベーシックインカムは、貧困対策に効果的です。また、ベーシックインカムの収入に年齢制限はありません。子供も支給対象です。子供が多ければ多いほど、支給される現金が多くなるため、少子化対策にもなります。
- 労働環境の改善:ベーシックインカムは、国民が生活できる最低限の現金を支給するものです。最低限の生活が保障されているため、生活のため、労働環境や待遇の悪い企業で無理に働き続ける必要がありません。企業側も労働環境や待遇が悪いままでは、労働者に敬遠され、労働力不足に陥ります。そのため、多くの企業で労働環境や待遇の改善が期待できます。
- さまざまな働き方ができる:ベーシックインカムは、労働と所得を切り離すことで、さまざまな働き方を可能にします。ベーシックインカムがあれば、人々は自分の好きな時間や場所で働くことができます。例えば、在宅勤務やフリーランス、パートタイムやシェアリングエコノミーなどの柔軟な働き方が選べます。また、ベーシックインカムがあれば、人々は仕事を変えることや休職することにも抵抗が少なくなります。例えば、キャリアチェンジやスキルアップ、育児や介護などの理由で仕事をやめることができます。これにより、人々は自分のライフスタイルや価値観に合った働き方を実現できます。
- 教育や学習の機会の拡大:ベーシックインカムは、教育や学習の機会を拡大することにもつながります。ベーシックインカムがあれば、人々は経済的な理由で教育や学習を断念することがなくなります。例えば、高等教育や専門教育、継続教育や生涯学習などの機会が増えます。また、ベーシックインカムがあれば、人々は自分の興味や関心に基づいて教育や学習を選ぶことができます。例えば、芸術や文化、言語や歴史、科学や技術などの分野に学ぶことができます。これにより、人々の知識やスキル、資格や能力が向上し、社会に貢献できる人材が育ちます。
- 創造性や自己実現の促進:ベーシックインカムは、人々に経済的な安心感を与えることで、創造性や自己実現の促進にもつながります。ベーシックインカムがあれば、人々は生活のために嫌々な仕事をする必要がなくなり、自分の好きなことや興味のあることに挑戦できます。例えば、芸術や文化、教育や研究、ボランティアや社会貢献など、社会にとって価値のある活動にもっと時間やエネルギーを割くことができます。これにより、人々の才能や可能性が開花し、社会全体の創造性や多様性が高まるでしょう。
ベーシックインカムのデメリット
ベーシックインカムには、メリットだけでなく、デメリットもあります。ベーシックインカム導入のデメリットについて見ていきましょう。
- 財源の確保が困難:ベーシックインカムを導入するための最大の問題点が、財源です。ベーシックインカム導入には、多くの財源が必要です。総務省の発表によると、現在、日本の人口は約1億2500万人です。すべての人に月7万円支給したとすると、毎月の予算は8兆7,500億円、1年間に換算すると105兆円にのぼります。月7万円では、最低限の生活の保障は難しいため、もっと必要な金額が増えるケースが予想されます。この莫大な財源を捻出するために、消費税などの大きな増税が予想されます。増税は国民の負担を増やし、経済活動を低下させる可能性があります。また、ベーシックインカムを支給することで、他の社会保障制度を削減する必要があるかもしれません。その場合、現在受けている福祉サービスや医療サービスなどが低下する恐れがあります。
- 労働意欲の低下が起こる:ベーシックインカムのメリットでは、労働人口が増えることに触れました。しかし、逆の考え方をすると、ベーシックインカムの導入では、労働意欲の低下が起こる可能性があります。ベーシックインカムでは、労働をしなくても、最低限の生活が保障されます。豊かな生活を送るためには、仕事をする必要がありますが、仕事をしなくても生きていけるため、労働意欲が低下し、中には働かなくなる人が増える可能性さえあります。労働意欲の低下は、経済活動や社会参加に悪影響を及ぼす可能性があります。また、労働者として自己実現や社会的役割を果たすことで得られる満足感や幸福感も失われるかもしれません。
- 経済競争力の低下の可能性もある:ベーシックインカムによる収入があれば、労働者が働く会社や職種を選びやすくなります。人気のない職業は、生き残りのために賃金を高くする必要があるため、会社に利益が残りにくくなります。そのため、人気のない職業は、経済競争力の低下をまねきます。また、財源の捻出のため、国は増税をする必要があります。法人が利益を確保するためには、税金分を自社の商品やサービスに転嫁せざるを得なくなります。その結果、商品やサービスの価格が高くなり、消費者の需要が減少する可能性があります。また、国際的な競争力も低下する可能性があります。
まとめ
今回は、ベーシックインカムという制度についてお話ししました。ベーシックインカムとは、政府がすべての国民に対して一定の現金を定期的に支給するという政策です。ベーシックインカムには、貧困や少子化対策、労働環境の改善、さまざまな働き方の実現などのメリットがありますが、財源の確保、労働意欲の低下、経済競争力の低下などのデメリットもあります。ベーシックインカムの実現可能性は、国や地域によって異なります。現在、世界では多くの国や地域でベーシックインカムの実験や議論が行われています。日本では、まだベーシックインカムの導入に向けた具体的な動きはありませんが、コロナ禍で経済や社会に大きな変化が起こっている中で、ベーシックインカムに関心を持つ人も増えています。
ベーシックインカムは、私たちの生活や働き方に大きな影響を与える制度です。メリットとデメリットをしっかりと理解し、自分自身で考えてみることが大切です。ベーシックインカムについてもっと知りたい方は、以下の参考文献をご覧ください。
参考文献
高橋洋一(2018)『ベーシックインカムはなぜ必要なのか』PHP新書
ベーシックインカム・ジャパン(2017)『ベーシックインカムの提案』岩